「動物と人間は対等」猫の去勢避妊手術の倫理とは? 哲学者・一ノ瀬正樹教授インタビュー(後編)

2022/02/16 10:00

 【インタビュー前編】では、ペットの幸福、犬の目線から見た動物倫理である「返礼モデル」、犬の哲学性についてお伺いしました。

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一ノ瀬教授と「みや」ちゃん

犬と猫どちらが哲学的?

(一ノ瀬教授) 猫は寡黙で、不思議なところがありますから哲学的と言えると思います。ただ猫の場合は環境に溶け込んでしまっていますよね。家の中を自由に歩き回ったり……。犬と猫の大きな違いは従順性でしょう。我が家では「みや」という猫を飼っていて、可愛いから頬ずりするのですが、急に引っ掻いてきたり笑 猫ももちろん哲学的ですが、私は犬の方が一層哲学的だと考えています。

動物と人間は対等

――保護猫の去勢避妊手術についてお考えはありますか?

(一ノ瀬教授) 以前は「動物権利論」は良いかなと思っていたんですが、最近は動物の権利は無理ではないかと疑っています。権利はそれを行使することを認める人がいないと成立しないんですね。また権利は競合することで、他者の権利を侵害してしまうこともあります。典型的なのは表現の自由の権利です。他人の誹謗・中傷は、他人の名誉を守る権利やプライバシーの権利を侵害してしまいます。権利は他者との関係の中で成立するものです。動物の権利を言うのならば、その核心は動物の命を守ることだと思いますが、でも、動物同士で捕食してますよね。だから虎やライオンに鹿やシマウマにも権利があると言ったところで空理空論みたいなもので、彼らは他の動物の権利を守ろうとなんて思ってないですよ。

 だから違う道筋の理論を構築する必要があると考えています。これはまだ生煮えですが、「動物人間対等論」というのを考えつつあります。人間とその他の動物は、事実として対等だ、とする見方です。対等なので、立派な相手は尊敬するし、攻撃してくる相手には自衛するわけです。去勢避妊手術の是非について対等論の立場から考えると、可能性としては以下の3つが考えられます。

避妊去勢手術は対等性を破ることに他ならず何らかのしっぺ返しを食らっても仕方がない。それが嫌なら避妊去勢手術はすべきでない

「あるいは、過剰に子供を身籠もることは親個体にとって重荷なので、崇敬する犬などを援助するため去勢避妊手術を行うべきだ」

「または、過剰に子供を産むことは同居する人間にとっても大きな負担であり、それはある種の攻撃を人間に与えることになるので、自衛するため去勢避妊手術を施すべきだ

 まだどれが正しいのか分かりませんが、保護した猫の去勢避妊手術を行うことを正当化する理路は3番目の可能性になると思います。猫が増えると人間との間で軋轢が生じますから、増える猫の脅威から人間が自衛しているということになるのではないでしょうか。

肉食の倫理

(一ノ瀬教授) 動物との不平等な関係の1つは搾乳です。牧歌的な風景として描かれることの多い牛の乳搾りですが、牛は乳を出すために何度も妊娠させられ子供と引き離されます。これは明らかに動物に対して対等な関係ではありません。

 肉食の倫理も当然考えなければならない問題です。こういう質問をもらったことがあります。子供が自分の家で飼っている犬や猫をかわいがって、お世話をちゃんとしなさいと親に言われてるのに、「何でお肉を食べていいの?」って聞いてくるって言うんですね。それに大人はどう答えるか? これは難しい問題ですよ。

 ただ哲学者の間では畜産は徐々に縮小せざるを得ないというのが大方のコンセンサスです。畜産動物を殺すことの問題もありますが、牛などのゲップにメタンが含まれていることが大きな問題です。二酸化炭素よりもメタンが温暖化を促進しているので、畜産はやがては止めるしかない。これからは大豆ミート培養肉ですね。某バーガーショップの大豆ミートがすごく美味しくてびっくりしましたよ(笑)

クローン犬の是非

――クローン犬についてのお考えを聞かせてください。

(一ノ瀬教授) 愛犬のクローンを作る人に「クローンはもとの生き物と全く同一ではない」と言いたい。クローンといっても遺伝子が同じだけであって、育ちや環境で場合によっては顔も大きさも変わってきます。一卵性双生児はクローンとほぼ同じですが、似てるんですけど違うんですね。だからまず、クローンといっても同じ犬が出来上がるわけではないことは認識しないといけない。

 ただ私は技術革新は肯定しています。止めようとしても人間本性からしてやっちゃうでしょ。技術は小出しにして、少しずつ修正していくべきだと思います。また、技術革新で犬と人間との関係も良い方向に行くことを希望しています。ただ、どういう場合でも、あくまで犬の立場で考えるという想像力が必要です。

 クローンについて賛成・反対は今のところどっちも言えません。ただクローンを作って愛犬を蘇らせようという発想は間違っていると思います。完全に同一のものは蘇ってきません。

――ありがとうございました。

 インタビューを終え、人間がペットを幸福にするという見方が、そもそも人間目線であることに気づかされました。犬のような高潔な動物は、自分自身で充足しているため、彼らの幸福に人間が付け足せるものなんてないのかもしれません。ただ幸運にも犬は人間を選んでくれた。時に彼らに残酷になる人間を選んだことは、もしかしたら犬にとって間違いだったのかもしれない……そんな疑惑が頭をもたげますが、犬はそんなことに構わないはずです。後悔、損得という人間的な価値では計り知れないからこそ、犬の持つ高潔さは人の心を打ちます。

 一ノ瀬教授は犬の他に馬とアザラシが大好きとのこと。特に馬は「圧倒的で気高い美しさ」だと熱弁され、馬のように大きな動物が小さい人間に従順であることに、切なくて胸がつぶれるような気がすると話してくださいました。将来は犬と馬と一緒に暮らしたいとも。一ノ瀬先生のような方と一緒なら、どんなペットもきっと幸せに暮らせますね。

文=いぬねこプラス編集部

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